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世界思想における、民族の復興
 前回の主張どおり、リベラリズムは個人主義を超克し、限定的ながら民族主義に転化したと考えていいものであります。
 この多文化主義とか「文化集団権利主義」は、日本のように先住民族の社会が主体となったネイションではそれを破壊するものでありますが、非先住民族の社会では、周辺化され資本主義のせいでひどい目に合わされている田舎の先住民族を保護する強力な武器になりうるものであります。ですから、私たちは一部の良識的な外国の多文化主義者とは共闘しなければならないのであります。こうした問題の未来予測として、ナショナリズム・エスニシズム論の最も著名な論者でありますスミスは、興味深いことを訴えております。

 アイデンティティ紛争の根源を、その歴史的紐帯やエスニックな神話━象徴体系の中に探ることが、緊急に必要とされていることは、明らかである。しかしあまりにもしばしば、政治家や学者たちは、このことを理解せず、エスニックな対立が起こると、さしあたっての政治的・経済的な原因にのみ注目し、その他の点には関心を示さなかった。(引用者略)あまりにもしばしば、国家エリートと彼等に対する助言者たちは、ネイションになろうとしているものの願望を否定し、彼らの安全への不安感やアイデンティティ要求をみくびってきた。まさしくその理由は、彼らが、少数派エトニの、独自の神話・象徴・記憶・特徴的な価値を理解しなかった(このことは、しばしば、すすんで学ぼうとしないことによって、増幅された)ことにある。(引用者略)他方で「国際的共同体」は、苦しめられ、排除されてきたネイションになろうとしている集団の要求を、それが理にかなっているか否かを問わず、正当と認めることを拒否してきた。

 エスニックなアイデンティティを支えるこうした神話・記憶・象徴が持つ内在的な意味を理解せず、この力を評価しないならば、現代世界における国家と個人との関係を混乱させているエスニックな対立を把握することは、まったく不可能である。

 『ネイションとエスニシティ』アントニー・ディー・スミス 巣山靖司他訳 名古屋大学出版会 一九八六(バチカン・キリスト)


 また、地球規模での経済一限体制化はあきらかに現代において節目を迎えたのでありますが、その結果として今起きている現象はむしろ土着主義の復活であります。スミスの見解はこの点を踏まえて理解されたいものであります。

 今日グローバリゼーションと呼ばれている運動を分析し、理解し、新しい指針を示そうとする議論から、以下のような要素を抽出することができる。すなわち、グローバルな市場に参加する消費者であると同時に、他の個人としての活動を世界大に行うことのできるコスモポリタンであること、その三位一体としての、グローバルな<市民>を、国家とその中で生活する国民という近代的モデルに代わって、人びとが生きるための原理にすることを目論むのである。
 そこで、<市民>と見なされる人びとのカタログに、どのような個人を加えるかという問題について、現実的には様々な争点がありえるが、基本的にその構図は、グローバルな<市民>の拡大というコンセプトに反対するグローバリゼーション論の中でも維持されている。そしてそのどちらの議論も、その淵源を十九世紀におけるフランスの社会思想、なかんずくアナーキズムが格闘した問題系に求めることができる。こうした議論が前景化する理由は、グローバリゼーションによる国民国家の後景化に求めることができる。
 だが、こうした議論は、その中に生きる人びとの「アイデンティティ」に関して、重大な問題を抱えている。グローバル化した<市民>によって営まれる社会は、どのような価値を抱いていても、それが他を尊重し、侵害しない限りにおいて認められる、多元主義的な社会である。とはいえその多元主義の「外側」は、それがグローバルなものである以上は存在しないため、その多元主義に賛成しないということは、自動的に<市民>、すなわち人間であることを否定されることになる。そのためグローバル秩序の外側に置かれた存在は、テロをもってしか臨むことができない。
 また、その<市民>社会の内側においても、別種の問題が存在する。グローバル社会の広がりは、それ自体として人びとに、ローカルなアイデンティティへの希求を強める再帰的な性格を有している。しかしながら、その再帰的な運動は、その原理に従うならば、多元主義とは折り合うことのできない、絶対的なものを奉じることによってアイデンティティへの欲求を満たそうとする「反転した」方向にも作動しうるのである。
 こうした困難を抱えたグローバリゼーションという現象に対して、その「行き止まり」に突き当たった多くの論者は、彼らの社会理論を「政治化」する方向へシフトしている。と同時に、政治化された議論には、往々にして宿命論的な「予言」という色彩がついてまわるのである。

 鈴木謙介『<反転>するグローバリゼーション』NTT出版株式会社 二〇〇七(バチカン・キリスト)


 以上で現代思想における左翼の右派旋回については解説を終えるものであります。私たちは民族主義が世界に認められてきた事実に、一刻も早く目を向けなければならないと思うのであります。


 文章 コフチタツヒト
 監修 やまのいほ
 思想監修 ムネカミ エヒノヲ ららぎ

 新天保暦紀元二六六九年〇一月〇二日
# by sicisima | 2009-01-27 23:17
謹賀新年
 新年明けましておめでとうございます。本日は新天保暦では正月でございます。

 以前ご紹介したとおり、大八洲民族にとって万古の伝統である太陰太陽暦は、国体の決定にもかかわらず我々の正統な暦である。詳しくは、旧ブログの拙文をご覧ください。ANNVM NOVVM FAVSTVM FELICEM
 また本日は本来建国記念日でもある。古典では、カムヤマトイハワレヒコノミコトが、ヤマトはウネビノミヤに都をひらき、ヒノモトをおはじめになられた佳き日は正月とされている。

 今年は、我々共栄主義者にとって大きな節目となるだろう。なんとなれば、昨年は世界的金融恐慌が発生し、そして今後、世界の実質経済に破滅的打撃を与えると見なければならないからである。
 新年早々お目出度いとは言いがたい話題であるが、これは我々に着きつけられた事実である。我々は想像を絶する苦難を覚悟しなければならない。それとは私も他の同志もそれぞれ他人事ではいられない経済破綻である。世界は、まっすぐそこへ突き進んでいる。
 我々は忍耐をする。そこには団結が無ければならない。それは目的意識と愛情に満たされた共同体を手段としなければならない。今年中にはみなさまにも、その必要性がきっとご理解いただけるに違いない。
 また、我々はそれらを理論的に包括する試みを絶対にやめてはならない。本年、私も同志達もともに日本主義に新たな流れを起こすことを皆様にお約束申し上げます。ならびに皆様のご多幸とご健康をお祈り申し上げて、新年の挨拶とさせていただく次第です。
 本年もなにとぞよろしくお願い申上げます。

 日本帝国万歳
 天皇陛下万歳

 文責 ムネカミ
 監修 やまのいほ
 シキシマクラブ一同

 新天保暦紀元二六六九年〇一月〇一日
# by sicisima | 2009-01-26 20:58
マヤ民族の自決を主張し出した最も過激な集団主義左翼急進派
 これからご紹介するのも「反差別国際運動日本委員会」という、大変左翼的な名前の組織が出版するものでありますが、この書名が非常に面白いのであります。『マヤ先住民族 自治と自決をめざすプロジェクト』であります。ムネカミ同志からの解説をそのままに書きますと、マヤ人は中米にあって三千年の文字文化を支えてきたアズマ大陸随一の文明を誇った民族であって、農業を基盤としたかれらの生活形態は、十分にスペイン人の虐殺から身を逃れ、現在でも六百万人ほどがそれぞれのカスティーリャ人植民地国家から阻害されつつ暮らしているのだそうであります。
 実感がわかない方は、このマヤをチベットや、なんでしたらオーヤシマにでもかえて見るとよいのであります。左翼の急進派は、一部ついに民族主義そのものに転化しているのであります。しかもここで取り上げる文章は、その中でも先住民族に心を砕く青年の執筆によるものであります。ここまでくると、彼はわたしたちの同志といってもそんなに悪くはありません。
 ちなみにこの運動はわたしたち腑抜けた日本人や在日朝鮮人発のニセモノではなく、普遍主義ナポレオン帝国を創ったフランス人の由緒正しい個人主義者の流れを汲む海外ボランティアサークルの、グァテマラ植民地における活動理念や実績を詳細に記した報告書であります。もっとも、ここには若干の日本人が関係していて、かなり文化的刺激を受けた本物の左翼(ただし、民族主義者、ここでいう民族主義者とは、自分の民族の主張をするものではなく世界のなかで個人よりも民族の利権を主張するもののことであります。)がいるそうであります。
 とはいえ以下に掲げるのは読みづらいインテリの文章でありますから、私も解説につとめながら勧めたいと思うものであります。解説は〔〕で行います。


 オートノミーの発展に向けて?〔まずオートノミーとは、社会的な時間や空間から個人の時間空間を守ることであります。社会学者フランコ・ベラルディによれば「社会的諸関係の連続的な変化」、「社会的時間の、資本主義の時間性からの独立性」、「規律規範からの独立性と相互作用とのなかで、社会的身体を自主管理すること」だそうでありますが、かれはイタリア人なので、「労働の拒否とは、『寝ていたいから働きに行きたくない』ということなのだ」とふざけています。〕

 領土内の天然資源の使用や管理権とともに、今日決定的な問題となっているのは先住民族の領土的なオートノミーの権利の要求をめぐる論争である。〔つまり、政府が勝手に現地民の聖地を開発しただの、自分達の文化を軽視した政策をしただのということ〕近年、表現上ではオートノミーを認める法改正がなされた国もあるがその履行は困難である。今や先住民族は国際人権機関に訴え、オートノミー権侵害訴訟を起こすようになった。2001年8月、米州人権裁判所は、ニカラグア政府が先住民族の領土の森林伐採権を与え、彼(女)らの土地所有権を侵害したことを突き止めた。
 コロンビア憲法裁判所が、先住民族の権利が組み込まれた新憲法に照らし、政府を相手取って訴訟を起こした先住民族の側に勝訴判決を下したいくつかの判例もある。ブラジルやパナマのように、認知された、先住民族の土地と領土をはっきり線引きすることは時間を要し、紛争が絶えない作業である。チリ南部のマプーチャ先住民族は、ピノチェト独裁政権時代に認知された彼らの伝統的な領土の私有化に抗し闘争している。
 オートノミーが何を意味するかは曖昧で、しかも複雑な問題が絡み合う。先住民族が抱えるほとんどの問題は各国憲法に組み込まれた先住民族の権利内容では解決しないし、専門家は細部にわたる意見の一致が取れないようだ。事実、長きにわたる中央集権の伝統にどっぷり浸かったラテンアメリカのほとんどの政府は、とりわけ先住民族に関連するオートノミーには警戒心が強い。民族(peoples)のオートノミーと自決は、今や先住民族運動の絶対に譲れない論点となり、ほとんどすべての政治文章において自決は要求項目のトップに挙げられている。先住民族の権利宣言草案の採択は、オートノミーと自決をめぐる全体の一致が取れないことが最大の理由となり、目下国連と米州機構で立ち往生している状況にある。
 一九九四年一月にメキシコ南部で武装したサパティスタ〔マルコス副司令官の軍団であります。〕は、何ヶ月にも及んだ和平交渉の末、一九九六年にメキシコ連邦政府と合意に至るも、後に連邦政府はその合意を反故にする。二〇〇一年八月、国民議会が和平合意のいくつかを憲法改正に取り込むことを承認するも、サパティスタと先住民族運動は改正が和平合意の主たる項目を遵守していないと不服を表明した。二〇〇二年夏の段階で、メキシコ最高裁判所は先住民族市町村や住民のほとんどを先住民族が占める州の政治機関が提訴した憲法改正に反対する三〇〇を超える訴状を未だに審議している状態だ。一方、政府とサパティスタの和平交渉は決裂し、チアパスの紛争は未解決のままである。
 個人の権利と集団的権利をめぐる問題もオートノミーや自決と同様に論争が絶えない。〔オートノミーは個人の問題だったのですが、最近はかれら集団主義者が民族や他の文化的集団の権利を擁護するためにもっぱら使用するのであります。〕自由主義諸国家が保障する不可侵の個人の自由権に対し、〔最近まで米帝は商売の自由をやたら推進し、これが今日の世界恐慌と相成ったのであります。〕先住民族の権利の提唱者は権力構造と世界に蔓延する社会構造の階層化により制度的に差別・排除された民族集団、マイノリティは、基本的自由の最良のものであれ享受することはままならないと主張する。〔世界の中で私たちが底辺じゃないかという不服の申し立てであります。マルコス副司令官も「ここは世界の片隅なのか」と先進国の民衆に訴えているのであります。例えば日本人も外国といえば欧米しか思い浮かばないなかにあって、誰もメヒコの、しかも中央から外れた先住民族のことなど考えないのであります。〕個人の自由を超える、さらなる何かが求められている。〔というのが集団的権利の最大の争点であります。〕それは現代世界の中で市民とは違う独自の集団として先住民族が固有の文化に全幅的に生き、再生すること、自らの社会的規範に応じて生活を営むこと、集団的アイデンティティを保ち、発展させること、社会的・政治的・法的地位を享受すること、そして国際社会と国民国家に対して民族(peoples)、また国家(nations)として彼(女)たち自身の取り決めにより関係を結びうるような、ひとまとまりの集団権利の承認はクリオーリョとメスティーソのエリートたちが自らの利害に適うように作った国民国家、「想像の共同体」〔とばしてもいいのですが、個人主義者提唱のこの言葉は、かつては集団の解体に用いられたのでありますが、いまはそれでもいいから集団を積極的に想像指定校という流れもあるのであります。〕、民族(nation)の完全なる解体を擁することは疑いを入れない。〔ここについては後で書くのですが、例えばメキシコの民族主義は、先住民族を否定して出来てきた植民地文化なので、植民地文化以前からあった民族主義が台頭するとむしろ解体される方に回るのであります。だから平均的なメヒコ人は先住民族の復権に尊厳の危機を感じるのであります。〕差別されたサバルタン(属民)集団の構成員は、国民国家の中で完璧に対等なパートナーとして、彼(女)たちの固有性と尊厳の上にその存在が認識されうるのでなければ個人としての人権など充分に享受しようもない、という議論は成立しうる。かくして、集団的権利の承認こそが個人としての権利受容の前提条件だと見なされうる〔つまり、私たちは民族を独立させるぞ、と匂わせているのであります。〕が、集団的権利の承認はラテンアメリカの法制度においては容易ではない。

 民族文化対国民文化?

 ラテンアメリカの先住民族と国家が相対峙する多くの争点の中で、先住民族の文化とアイデンティティほど論争を招いてきた問題はない。先住民族による二言語、異文化間教育の要求や、近年の多民族・多文化国家としての法的認知は、ほぼ二〇〇年間にわたる単一国民文化観に厳しい試練を与えている。グァテマラの現状に目を向ければ事態はより鮮明になるだろう。
 何万人にものぼる先住民族が軍によって虐殺され、それ以上の数の難民を出した凄惨をきわめた内戦期、マヤ先住民族のわずかに残された抵抗空間のひとつは国民選挙で選出された文民政府に軍が公権力を委譲した一九八〇年代中期以降に数を増やし、活動を広げたローカルな文化団体に関する新たな言説を発展させ、それらが一九九六年にグァテマラ政府とグァテマラ民族革命連合(URNG)が調印した、先住民族の権利と文化に関する条項を中心とする和平合意によって強化されることになる。汎マヤ文化運動は急速に広がり、マヤ文化をめぐる官製の言説と政治・社会組織体の要求いずれの内容にも変化をもたらしてきた。
 クリオーリョとラディーノが支配する国において、人口では多数派のマヤ民族はいつもよそ者だと考えられ、一般社会と政治から巧妙に排除されてきた。内戦とそれに続く和平合意がすべてを変えたのである。様々な先住の民族集団(indigenous ethnic groups)が、今や新たに構築されたマヤ・アイデンティティ(プロテスタント系諸宗教がかなりの躍進を見せる伝統的にはカトリックのこの国におけるマヤ宗教のリヴァイヴァルを含む)の下に連合している。マヤの知識人や活動家は、権勢をふるうメスティーソの「国民アイデンティティ」への対抗主体として自らを捉え、先住民族のために国民(nation)を再定義する主要な文化的役割のみならず、政治的代表権や権力へのアクセスを主張している。〔つまり、マヤ人にとっては「グァテマラ」なんてものは単に植民地の名前であってどうでも良いかむしろ唾棄すべきものなのであります。〕
 マヤ文化運動は様々な理論的及び政策的理念を発展させ、その内容は各人各様であり、時には論者間の不協和も存在する。たとえば、マヤ民族(people)とはひとつの民族性(nationality)か、あるいは多数のそれと考えられるべきかについては一致がみられない。デミトリオ・コフティ(多文化教育を司る教育相・副長官であるカクチケル先住民)は、グァテマラだけで二〇のマヤ民族(nationalities)が存在する(隣接諸国にさらに数民族)と言う。新たなグァテマラの政治━行政区画は、唯一マヤの民族的アイデンティティに基づき再編成されるべきであろうか? それともラディーノを含め? 国会の議員構成は国の民族構成が正確に反映されるべきであろうか? 数あるマヤ言語の内、何言語が公用語として認知されるべきであり、また公教育制度における多言語教育や異文化間教育はいかにして実施されるべきであろうか?
 新しいマヤ・アイデンティティの探求や構築は万人から賛同を受けているわけではない。〔ここで、革新的な集団主義者に対する既存の個人主義者が登場するのであります。〕民族的アイデンティティは階級に基礎を置く、より広範な民衆連合の中に吸収されることを望み、ラディーノの見地からマヤ「本質主義」を国際機関の財政援助を受けるNGOが促進する人工的構築物以外ではないと見なす者たちをはじめ、マヤ文化主義者を攻撃する者たちがいる。この考え方によれば、マヤ国民のマヤ民族も存在せず、グァテマラがかかえる問題群の唯一妥当な解決法は、先住民族とラディーノが対等な立場で共存し、互いに影響しあうことを学ぶ異文化間の異種混淆(mestizaje)の発展以外になく、マヤ活動家は反ラディーノの人種主義者だと逆に非難される始末である。〔こうして人種などないと主張する人々は、よく人種差別主義者の擁護に当たってしまうのであります。彼らが非難するマヤ人がいま人種主義者になったのは、彼らが擁護するラディーノのような下等な植民地人に圧倒的な暴力を振るわれ続けた結果であります。私たちは断固先住民族支持であります。マヤ活動家には是非がんばっていただきたいものであります。〕
 半世紀前、ラテンアメリカ諸国が先住民族社会の開発政策を始めたときには、先住民族は主に隔絶された辺境地域で生活していた。一〇年前、先住民族組織は西洋世界が祝おうと誤って命名された「アメリカ発見」五〇〇年の記念日を、先住民族にとっては追悼と追憶の時なのだと抗議した。今日、先住民族の代表たちは国連各機関、各国議会や政府官僚のポストに就いている。先住民族の権利を定めた法律が現れ始め、国際法制度や国内法に反映されている。先住民族は存在することの認知と、多元的、多文化社会の中で固有の立場を求めている。伝統的な同質的国民国家は、「土着の民の逆襲」によって挑戦を受けているのである。メスティーソの「人種の坩堝」のなかに消滅するどころか、ラテンアメリカでは四〇〇を超える先住民族組織が先住民族の権利、先住民族がかかえる問題群、人種主義と差別の終焉、貧困と社会からの排除に目を向けよと要求している。失われた土地と領土、言語と文化への敬意、領域国家(state)内における先住民族の法、慣習、オートノミーを実践する権利を主張している。何よりも何世紀にもわたり否定されてきた、最低限の人間としての尊厳を先住民族は求めているのである。
 たしかに、五世紀を経て、それが過大な期待だと私には思えない。

 「土着の民の逆襲 ラテンアメリカ先住民族の挑戦」ロドルフォ・スターベンハーゲン『マヤ先住民族 自治と自決をめざすプロジェクト』IMADR_MJP グァテマラプロジェクトチーム 反差別国際運動日本委員会 二〇〇三(バチカン・キリスト)



 文章 コフチタツヒト
 監修 やまのいほ
 思想監修 ムネカミ エヒノヲ ららぎ

 新天保暦紀元二六六八年一二月三〇日
# by sicisima | 2009-01-25 01:25
資本主義による地方・周辺・先住民族の困窮を訴えるマルコス副司令官
 前回は日本の構造的欠陥が生み出した醜悪なイデオロギーの紹介でありましたが、今回は血の通った本物の世界思想はどういうことを考えているのかごらんいただきたいのであります。
 そこで、私が個人的趣味もかねてご紹介した、現代のチェ・ゲバラ、ポストモダン的社会主義者にして、電網上の思想と宣伝戦において永遠の勝利を収めた英雄的人民主義者、スブコマンダンテ・マルコスにご登壇願いましょう。
 かれは、メキシコで先住民族が周辺として放置された世界を怒りを込めて冗談のように旅をするのであります。冷静な憤慨と人間味あふれる描写が、メキシコという世界の中でも力ない存在にとって、さらに一段低く見られていた先住民族の手から多様性が失われてしまった窮状を力強く説得するのであります。


 ハンドルを握り続け、オコソクァウトラから下れば、すぐ州都のトゥストラ・グティエレスに到着する。でも長居は無用。トゥストラ・グティエレスは州の他の場所で生産されたものが集積する巨大な貯蔵庫だ。この都市には資本主義の計画によって決められた場所に輸送される資源の一部が到着する。血滴る牙をのぞかす野獣の唇に触れたばかりだが、長居は無用。(※)いよいよ別世界である山岳部への上りの開始だ。ここはトゥストラ・グティエレスの山の中。別世界といってもメヒコの他の場所で何百万の人が耐え忍んで生きている世界とは何ら変わりがない。
 この先住民の世界には三十万のツェルタル、三十万のツォツィル、十二万のチョル、九万のソケ、七万のトホラバルが暮らしている。(※)さらに山岳部に入ると、チアパス高地と呼ばれる地域につく。五百年前、ここでは、先住民族が多数派で、台地や水源の持ち主は彼らであった。ところが今は、人口と貧困の面だけで多数派というだけである。(※)トゥストラ・グティエレスが大貯蔵庫なら、サンクリストバルは巨大な市場だ。何千もの経路から、ツォツィル、ツェルタル、チョル、トホラバル、ソケといった先住民が資本主義への貢物を携えてくる。彼らは木材、コーヒー、家畜、工芸品、果物、野菜、とうもろこしなどを持参する。そして、病気、無知、愚弄、死を持ち帰る。この地域はメヒコ一貧しい州の中で一番貧しい。コレート[サンクリストバルの非先住民系住民]は、歓迎するだろう。「植民地都市」サンクリストバル・デ・ラスカサスへようこそ! しかし、住民の大部分は先住民である。(※)この市場では先住民の尊厳を除けば何でも売り買いできる。死を除けば、何もかも値の張るものばかりだ。しかし、道草はこの程度にして、(※)ご自慢の観光施設を見学しよう。(※)旅行者千人当たりに七室あるのに、チアパス住民千人当たりの病院ベット数はわずか〇・三でしかない。(※)道路を巡回する三列縦隊の警察官の監視など気にせず、前進しよう。公安警察の駐屯地の前を通って建ち並ぶホテルやレストラン、大商店を抜け(※)道を進めば、深い森に囲まれた有名なサンクリストバルの鍾乳洞が見えてくる。そこにある看板が目に入ったかな? (※)この自然公園を管理しているのは…そう軍隊さ! (※)見えるかな? 近代的な建物、立派な家、舗装道路…大学かな? 労働者住宅かな? 違うよ。大砲の側面に書いてある文字をよく見ろ。「第三十一軍管区総司令部」と書いてある。分岐点に差し掛かったけどコミタン方面に行くのはやめよう。そうすれば、少し先の「外国」と呼ばれる山で、メヒコの軍人に操作法を教授しながらレーダーを操作している北米の軍事要員の姿を目にしなくてすむ。エコロジーや他にもばかげたことが流行だから、オコシンゴ方面に進むとしよう。さあ、深呼吸をして…。気分は良くなった? そう。じゃあ、右側を眺めながら、前進しよう。七キロ程進めば、正面の壁に「連帯」のシンボルが麗々しく大書きされた立派な建物が見える。見えなかった? じゃあ、建物の裏側に回ろう。この新しい建物が刑務所とは…気付かなかった? (口うるさい連中によれば、この刑務所は「全国連帯計画」の成果のひとつということだ。今では、農民は州都のセロ・ウエコ刑務所まで行かなくてすむ)。まあ、気を落とさないで。悪いことはいつも隠されるものだ。貧しさが極端すぎると、観光客はびっくりするから…。(※)オコシンゴに到着だ。(※)さあ、ちょっと立ち止まろう。(※)何を見たい? さて、町の入り口にある二つの大きな建物は売春宿で、あれは刑務所、そのむこうが教会、この建物は牧場主会館、むこうの建物は連邦軍兵舎(※)そしてこっちがペメックスだ。それ以外は、小さな建物が雑然と並んでいる。それらはペメックスの巨大なタンクローリー車や農村主のトラックが通過するたびにガタゴトと揺れる。印象は? ポルフィリオ期の大農園だって? だけど、それは七十五年も前に潰れたはずだ。(※)その貧しいちっぽけなエヒードは見ないほうがいい。錆つき朽ち果てたトタン屋根が今にも崩れ落ちそうな小屋には近づかないほうがよい。小屋は何かって? そう、教会、学校、集会所だ。今は学校の前だ。午前一一時だ。近づいて中を覗いてはだめだ。四クラスに分かれたこどもたちが寄生虫や虱だらけで、裸同然の姿を見ないほうがよい。あなたが歩いたのと同じように徒歩で三日間も要する遠方から掻き集められ、雀の涙程度の薄給で教師をしている四人の先住民族の青年の姿を見ない方がよい。学級を隔てるのは小さな廊下だけ。ここでは、何年生まで進級するのかって? 三年生までだ。この教材用図表は政府がここの生徒に送ってくれた唯一のものだ。見なくてよい。見ない方がよい。エイズ防止のポスターだ…
 さあ、進むことにしよう。(※)オコシンゴを出発し、眼を丸くしながら、この土地を巡回することにしよう…。土地所有者は誰? 大農園主。生産物は? 家畜、コーヒー、とうもろこしなど。先住民庁(INI)は見た? あの立派なトラックも見た? 先住民の農民に信用貸しされたものだ。マグナ・シン[無鉛ガソリン]しか使えない代物だ。マグナ・シンはオコシンゴでは手に入らないのに? そうか、取るに足らないことだね。そう、あなたのほうが正しい。政府は農民に気を使っているのだ。この山中にゲリラが潜んでいるので、政府は資金援助で先住民の支持を取り付けようとしている。たしかに巷の口さがない連中はそのような噂をしている。だけど、それは「全国連帯計画」を貶めるための噂に過ぎない…なんだって? 市民防衛委員会? ああ、その通り! 「英雄」気取りの牧場主、商店主、労働組合のボスたちグループで、略奪や脅迫を行なうため白色警備隊を組織している。そうじゃないよ? ポルフィリオ期の大農園は七五年前に潰れたと言ったばかりだよ…さあ進もう…。(※)こぎれいな町だろう? ヤハロンだよ…近代的な町だ。給油所もあるし…ごらん、むこうは銀行、あちらは役所、こちらは裁判所、牧場主会館、そのむこうには軍隊もいる…ここも大農園そっくりだって? さあ、もう行こう。この町の周辺やティラとサバニージャに向かう道中には、これ以外に大きな近代的建物は見当たらない。町の入り口に大書きされた「連帯」というけばけばしい文字を見なくてよい。そこが…刑務所の門とは判らないだろう。
 (※)パレンケに行きたいの? ほんとうに? じゃあ、そうしよう…確かにきれいな土地だ。そう、あれは大農園主のものだ。そのとおり、家畜、コーヒー、木材で儲けている連中だ。さあ、パレンケに着いた。さっと町を見物するかい? これがホテル、むこうがレストラン、こちらが市役所、裁判所、これは軍兵舎。そして、むこうは…どうしたの? 言いたいことは分かる…言わなくてもいいよ…。疲れたの? じゃあ、一寸ばかり休憩。ピラミッドは見たくない? 見なくていいの? じゃあ、シニッチ[チョル、ソケ、ツェルタルによる、平和とインディオ民族の人権を求める行進]は? 先住民の行進だ。そう、メヒコ市まで。そう、徒歩だ。どれくらいの距離? 一一〇六キロ。成果は? 要求を聞いてもらえたの。そう、聴いただけ。まだ疲れている?前以上だって? いいよ、待っているから…ボナンパックへ行こうか? 道路は最悪だよ。じゃあ、出発。道中は景色がいい…これは連邦軍部隊、これは海軍部隊、あれは司法警察部隊、おまけにむこうには内務省部隊もいる…いつも、こんな様子? ちがうよ、たまには抗議する農民のデモ行進に出くわす。疲れたの? 引き返したい? そうしよう。他の所はもういいかな。こことは違う場所って? どこの国の? メヒコだって? メヒコならどこでも同じ光景だよ。色彩、言葉、風景、名称が違っても、人間、搾取、貧困、死はどこでも同じだよ。よく探せばわかる。そう、メヒコのどこの州でも。そう、じゃあ、元気で…もしガイドが必要なら、僕に連絡してね。いつでも、お役に立つから…それともうひとつ! いつまでもこんなわけじゃない…もうひとつのメヒコかって? そうじゃない、同じメヒコのことだ。別のことを言ったんだ。新しい気流が吹き始めているということだ。新しい風が巻き起こっている。 

 マルコス副司令官「第一の風━天上の風 ようこそ・・・メヒコで一番貧しい州、チアパスに到着です」『メキシコ先住民蜂起の記録一 もう、たくさんだ! ―メキシコ先住民蜂起の記録〈一〉━』サパティスタ民族解放軍 太田昌国ら編訳 一九九五(バチカン・キリスト)

 (※)は省略、「…」は原文では「……」。


 読むほどに、私たちの心にも、彼が行動しなければならなかった切実な必要性が素朴に理解できるものであります。スブコマンダンテのマルコスというのは、政府軍に殺された彼の有人の名からとった組織内の名前だといいます。これが彼らの目にする現実だったのであります。それがゆえに、彼等をこんな目に合わせた世界の上層部からせめて彼等を守ってやりたいと思うところに、スブコマンダンテの精神は、民族を発見する機会を得たのであって、決して机上の空論として、あるいは娯楽として民族を擁護して見せたのではありません。
 アメリカのユダヤ人によって世界経済が一極化され、結局は自分達の住む現地に何も残らなかった落胆と、命を掛けて自分達の進む道を「多文化主義」に掛けなければならない「必要性」があったということが、みなさまにもここで一挙に納得されるものと信じるものであります。この情熱や危機感と深い怒りが日本のリベラル利権家には全然全く一切皆無なのであります。右だとか左だとかの問題ではありません。私はあんなものは、実にマガイモノ以外のなにものでもないと思わずにいられないのであります。


 文章 コフチタツヒト
 監修 やまのいほ
 思想監修 ムネカミ エヒノヲ ららぎ

 新天保暦紀元二六六八年一二月二九日
# by sicisima | 2009-01-24 23:55
世界の威を借る醜悪な日本リベラリズム
 ちなみに日本に巣食う民族利権主義者は、他国での多文化主義をイイコトに図々しくも下のように調子付くのであります。政治的にまったく役に立たず、切実でなく特に画期的でもなく、文章も退屈で、そもそも必要性がない理想をさも差し迫った課題であるといった風に書き立てる彼らの執念深さには頭が下がるものであります。問題のある諸国の大学機関では社会を幸福にするために建設的な主張が行われるのが当然なのでありますが、我が国ではこんな連中のいうことをまともに反論もしないでいる学者ばかりであります。日本の学術など所詮そんな程度なのかと落胆させられます。読むのが面倒な方は、したにやさしい論理を解説しています。
 ともあれ世界的には、こうした連中に牛耳られていては、日本のリベラリズムはまさに世界のオニモツであります。

 「共生」とは何か? 最近、日本でもよく用いられてはいるが、「共生」の必要性と意識不足からか、必ずしもその内容が自覚的に検討されているとはいえず、きわめて漠然とした意味にしかとらえられていない。
 たまたま、日本学術会議が重要課題の一つとして、「アジア・太平洋地域における平和と共生」を取り上げてシンポジウムを開催し、「平和と共生に寄与するための学術的視点」について検討しているので、その資料の一つを紹介したい。そのうえで、在日韓朝鮮人が七〇年代から主体的に用いている「共生」のないようについて共に考えてみよう。
 日本学術会議のシンポジウムからは山口定教授の所説を取り上げ、他の所説、たとえば「地球時代とアジア」「アジアにおける共生」「アジア・太平洋地域の安全保障」「企業活動と共生」「経済的共生などは、紙幅の関係で省略する。
 山口定教授は、まず「共生」の意味を日本での具体的な使用例に照らして慎重に吟味し、「現在の世界史的転期の状況の中で、どのような積極的意義を有しているかを検討」しておられる。すなわち、「共生」には二つの語源的ルーツと七つの社会的ルーツがあるとされる。
 前者では、事典類で圧倒的に多い生物学上のsymbiosisの訳語をさしている。二種の生物が互いに利益を得ながら共に生活をする状態で、大型魚とコバンザメ、蟻とアリマキの関係などをあげ、「片利共生」「相利共生」「相乗共生」の区別があるとされる。他方、事典にはないけども、浄土宗などで用いる「ともいき仏教界」(椎尾弁匡の創始)が、もう一つの語源的ルーツだとされている。
 後者の社会的ルーツでは、※一「福祉国家」論と区別される「福祉社会」論や「ノーマライゼーション」論で、障害者や高齢者との共生、二日本文化論的な発想から、日本の庭園や建築などに体現されている「自然との共生」、三国際化時代、地域の時代に対応しようとする経済界の動向で、海外諸国との共生(経団連の活動方針)、市場原理の問い直しなど(総合研究開発機構が強調)、地域社会との共生をめざす「共生企業」論、「市民企業」論(財界人の思考)、日本型世界企業の理念としての「共生」で、世界人類の共生の奉仕する「真のグローバル企業」(キャノン・賀来会長と山口定対談)など、四エコロジーからの発想で「自然と人間の共生」、西欧近代の科学主義は環境破壊だとする批判をともなう、五フェミニズムの立場からの「男女共生社会」の理念を掲げる共生で、アメリカフェミニズムの批判、六国際化時代における他国籍者との共生論で、外国人労働者との共生、定住外国人の地方参政権の主張と運動(ここで徐龍達『共生社会への地域参政権』を紹介)、七同一国籍者もしくは同一社会内における「多文化主義」の主張で、カナダ、オーストラリアなどでの異なるエスニック集団間の共生問題である。
 また、山口教授は、「共生」概念の訳語問題を取り上げ、生物学上での意味での日本語はむしろ「共棲」がよいとされる。さらに、他者官の開かれた関係という方向性を考えたり、「共生」を社会的に積極的な意味をもつものとして使用しようとする場合には、英語の表現ではliving togetherまたはtogethernessがよいし、ドイツ語ではZusammenlebenが適当だとされる(この点については筆者もまったく同感であり、私たちは七〇年代からの市民運動ではliving togetherを常用している)。
 さらに、アジア諸国との関係における「共生」にふれ、この理念がたんなる「強者の倫理のカモフラージュになってしまうことがないように」注意を喚起し、「今後のアジア諸国間の学術交流の中心理念の一つ」になりうる可能性を指摘している。
 このほか、視角を変えてみれば「共生」に関わる新しい局面と展開は予想をはるかに超える。広くは環太平洋圏の時代としての国際的なプロジェクトや各国間の交流、アジア共生の時代としての開発と環境の調和問題なども目新しいし、東アジアの地方間の経済交流、中国・ロシア・朝鮮間の民間国境貿易や中国東北部の図們開発なども視野に入れることができ、また、アジアNIEsと日本の進路も共生に加えることも可能であろう。このようにみれば、「共生」は際限のない広がりをもつことになる。

 五 異文化の統一・多文化主義の諸相

 多民族国家の一典型であるアメリカは、その人種的・民族的・文化的多様性のゆえに強大だとよくいわれる。反面、一九九二年のロサンゼルス大暴動は、多民族・多文化の共生が、きわめて困難であることを証明している。しかし、アメリカ人は、その大暴動を貴重な教訓として、新しい社会秩序の構築に努力しており、いまや比較的平穏な社会になっている。日本は島国という立地条件からくる均質社会の中で、外国人を特殊な存在だと考える人たちが多い。不況に至るや失業率が高まり、外国人に対して感情的な反感をもつ層が増大し、排他性も再生産されるようになる。日本の国粋主義などの右翼的思想は、その間隙を縫ってはびこっている。
 いま仮に戦争か平和か、と問えば、人は誰でも平和を選ぶであろう。その平和がたやすく入手しうるものでないこともまた自明である。そこで異質なもの、対立物の統一を真剣に考える人間の英知が求められるのである。国際人権規約や「人種差別撤廃条約」もその一つであろう。だが日本には、それに関する国内法は一つも制定されていない。
 第二次世界大戦後は、ナチス・ドイツの人種差別などが徹底的に批判されたし、また、アジア・アフリカ諸国の独立とともに、欧米先進国の「自民族中心主義」も批判された。今日では、「先進諸国内のマイノリティ保護は一般化しており、同化主義はイデオロギーとしてほぼ破綻した」が、「日本では、従来から同化主義が強固だという固有の事情があり、『多文化主義』(multiculturalism)の必要性が叫ばれる一方で、『多文化主義』それ自体の受容は、欧米諸国よりかなり遅れ」ていると認められている。さらにカナダとオーストラリアの経験を中心として多文化主義が研究課題にもなっている。
 カナダでは、「二言語多文化主義」から「文化的多様性」へ、とりわけ「有能な移民を獲得し、経済の活性化をはかる上で多文化主義が必要であり、人種問題の解決手段としての多文化主義という新解釈が定期され」るほど、アジア系多民族社会の出身者が多いという。
 カナダの先住民(インディアン)は、自己の主体性保持から多文化主義に反対し、またケベック・ナショナリズムも、二大建国民族の一つであり、多文化主義の枠をはみ出した存在として多文化主義政策の重要課題になっているという。その底流にあるのは、「土地の天然資源の所有権と管理権、およびカナダ連邦体制下での自治権」を獲得することであるとされている。
 オーストラリアは、ボーキサイトとウラニウムの埋蔵量では世界最大で、しかも開発可能とみられている。良質の労働者が移民として迎え入れられるのは、そのためであるが、鉱山開発は先住民(アボリジニー)との摩擦が問題となる。アボリジニーはその聖地の保護、所有土地の管理権、鉱区使用料、失われた土地の保障料交渉などが重要課題であり、これらの解決が「共生」社会を築く前提となっている。なお、経済利益のための大量のアジア系移民とボートピープルの流入のため、白人中心の社会が崩壊するのではないかとの危惧から、大衆レベルでは「人権・民族の相違」に起因する対立や差別が目立つという。
 かつて梶尾孝道教授は、アメリカ、フランスなど欧米の多文化主義を詳述し、「多文化主義」の論点整理を行っている。すなわち、第一に、「多文化主義」の適用対象については先住民族とアジア系移民を含めるかどうか。その場合、文化と人種のいずれが問題なのか。第二に、「多文化主義」は目的なのか手段なのか。現実に民族的・文化的多様性がある以上、国民統合もそのような事実に立脚する必要があろう。第三に、チャンスを平等にする立場から、公的な生活面では受入れ側の文化や言語に従うべきだとする「リベラル多元主義」と、特定の人種・民族集団に対して積極的に財政援助を行う「コーポレイト多元主義」(進学・就職などでアファーマティブ・アクションを適用)のいずれを採るかの問題であるとされる。
 終わりに梶田教授は、反人種主義の視点を保持しながら、多文化主義の限界を知ったうえで、それをどのように生かすかを考究すべきだとしている。まさしく、「共生」へのきびしい課題が、解決されるべくわれわれに投げかけられているといえよう。

 これまでの記述から、多文化多民族共生の可能性を考える場合、けっして単一民族国家観が一般化しているとはいえず、すでに日本は多民族国家であるとの認識は十分に可能である。だが、日本には敗戦前の天皇制イデオロギーを復活させようという勢力があり、それを建設的に批判する多民族・多文化主義への潮流をこの日本で一般化させる努力が必要であろう。

 徐龍達「多文化共生社会への展望 定住外国人の市民的権利の獲得と今後の課題」徐龍達・遠山淳・橋本武『多文化共生社会への展望』日本評論社 二〇〇〇(バチカン・キリスト)

 注 原文の句読点「、」は、すべてカンマ「,」が用いられています。
   数字は漢数字に改めました。
   ※は丸に西洋数字を加えたものであります。


 論理解説
 「(唐突に)みんなで仲良く生きるのはいいこと」→「(その前後の文脈の一切をタナに上げ、しかも実体はよくつかめないと公言しながら)外国でもそういわれている」→「(まるで悪いことのように)でも日本人は皆で仲良く生きていない(し、しかもそれは国体のせい)」→「アジアと生きよう」
 一言でいいますと、アジアとの交流と多文化社会の促進をということになるのであります。つまり、「アジア移民を受け入れよう」というのが要約であります。


 文章 コフチタツヒト
 監修 やまのいほ
 思想監修 ムネカミ エヒノヲ ららぎ

 新天保暦紀元二六六八年一二月二八日
# by sicisima | 2009-01-23 23:55
会員の思想紹介〇一 コフチタツヒト 後

 私は集団主義者として、昨日は個人主義である左翼を敵と書きました。しかし私の立場は、彼らの理論をむやみに否定するものではなく、どちらかというと超克するものであります。そもそも思想的敵対というのは、いつか相手を説得できるだろうという推定と希望がもともとあるのでありまして、そのうえに互いを説得しようとこころみるものであります。そこで諸兄にご紹介したいのは、じつは、近年の思想的潮流として、左派の中に限定的な集団主義が生じている現象であります。私心ながら、私なんぞはこの事実に興奮するものであります。これはルソーやホッブズあたりの社会契約論から始まった左翼思想の究極でありながら、かつては真っ向から敵対してきた集団主義とほとんど変わらないことを言い出したのです。やはり我が論陣に利がありとする考えが起こるのも無理からぬのであります。

 これは基本的には、本年一〇月一〇日にシキシマクラブ内で発表された引用集を手引きするものであります。
 まず左翼とかリベラルとは、(必ずしも同じものではないのでありますが、)前述の通り個人に究極の尊厳を置こうとする考えです。リベラルには積極的な主義と消極的な主義があり、前者は政治参加を考える思想で特に民主主義と呼ばれ、後者は政府の干渉を拒否する自由主義と呼ばれます。ひっくるめて個人主義といって良いでしょう。そしてそれは私たち集団に尊厳をおく立場と対極をなすのであります。
 私たち集団主義者は、尊厳は集団に共有されることによってしか生まれないのではないかと考えるのであります。そしてその最たる存在としての民族は、よく知られるように、破壊されそうになると非常に大きな反動を生みます。現代の世界はどの規則もすべて個人主義を大原則にしていますが、それゆえ民族問題はいつまでも不毛なのであります。つまり「民族が問題を生むから、民族などなくせば良いのだ」と公には信じているのですが、個人個人はむしろ、ことはそんなに単純なものではないとなんとなく感じているのであります。それにもかかわらず、理論的にそういうものに反対する立場はなかったのでありました。各々の集団的立場があるにはあったのでありましたが、それらを集団主義として包括する一つの思想がなかったのであります。これは私たちの失点だといってよいものでありましょう。また左派のほうも、民族がなくそうとされたり無視されたりすると、反動があってかえって紛争や対立などで非効率的な結果を生むのですが、相変わらず左派はそこから何も学んではこなかったのであります。

 ところが最近は状況が変わりました。諸兄はこなたをご存知でありましょうか。


 かれはマルコスといいまして、サパタ主義者民族解放軍というメヒコ(メキシコ)のゲリラの副司令官であります。彼の率いるゲリラ活動は様々な面で既存の常識をくつがえし、同ゲリラは彼の名前とともにいまや世界的に有名な人物であります。彼は実に頭がよく、様々な文章を書いているのでありますが、これまでの思想からすると、その目的はなかなか説明しづらいのであります。おそらくかれは一個の社会主義者であります。ところが、かれは経済にどうしろという主張を声高に叫ばず、政治の中において文化のあり方に言及するのであります。具体的には、反グローバリゼーション、反中央主義的なナショナリズムを訴え、メキシコの市民に先住民族を加えようとする一大闘争を巻き起こしたのであります。なにしろ左派に組するので、チェゲバラの再来と謳うものもあります。しかしながら、それは個人の尊厳や自由を直接に主張したものではありません。かれの肩書きは自他共に「副司令官」ですが、では「司令官」とは誰かというと、これが面白いのです。彼は真の司令官は人民といって社会主義者らしい一面を見せるのですが、彼が直接司令官と仰ぐのは、現地チアパスの(おそらくマヤ系)先住民族の共同体の長老達なのであります。
 それだけではなく、彼はメヒコ国内の先住民族に連帯を呼びかけ、メヒコに先住民族を加えよと多文化主義の主張を世界の注目する電網空間に叫んだのであります。多文化主義、そして民族をはじめとする集団のの権利、この二つは、マルコス副司令官に始めて備わったのではなく、リベラリズムの世界的な潮流に支えられているのです。

 いったんもとの話に戻ると、本来リベラリズムは、政治的にも政治的にも平等を好み、国家や民族と言った横の線引きもなくそうとするのであります。これは大まかに言って、個人的権利は他者の自由を侵害しない限りすべてを許容するというロックの社会契約論(⇔集団有機体説)に基づくのであります。社会契約論は、世界のはじめに、平等でそれぞれ絶対である個人の権利があって、彼らが経済的な理由で集合して国家機関ができあがったという考えであります。さらに要約して、この普遍的人権主義は平等を理想とし、後に発展して「基本的平等」を謳う世界人権宣言となったのであります。そこで、リベラリズムは、世界の全ての個人が平等に、他者の権利を侵さない限り自由に振舞える権利を持つという文化的な理想であるといって差支えないでしょう。
 この流れが変わるのが、現代(第二次世界大戦後)のリベラリズムの闘争においてであります。個人主義者は近代以降、様々な差別撤廃運動に参加していました。アメリカの黒人公民権運動では、黒人たちは「平等」を求め、リベラリストはかれらを支援し共闘したのであります。これはいったん成功しました。それまでの法律的な差別は解消されたのであります。ところが、これは結果から言って黒人を満足させなかったのであります。なぜかといえば、ここで黒人が得た人権や公民権は、黒人たちにとっては他者である白人の常識に基づいたものであったからであります。ようするに、白人、つまりアングロウサクソン民族の慣習や思想が価値とされ、それとは違った文化を持つ黒人たち、つまりブラックアングロウサクソン民族は、結局その中で社会的地位をあまりうまく獲得できなかったのであります。
 ここでリベラリストは非常に重要な発見をしたのであります。個人の人権を守るよりも、集団の「団権」を守る方が幸福を追求できるということであります。アメリカで黒人が求めていたのは黒人達が黒人達として生きれる社会であり、黒人たちが白人達として生きることではなかったのであります。彼らの求める社会的権利と、白人のそれとには差異がありました。その差異とは、生活様式や思考の違い、すなわち文化的差異でありました。ですからアメリカという政治共同体の中では、白人の文化的集団(つまり民族)と黒人たちとが平等の地位を得なければならないのでありました。これが、集団というものの個性を尊重し、集団同士の価値観を平等と見なす「集団的権利」と「多文化主義」の発明であります。これらの国では、少数派としての女性や先住民族やそのほかの非抑圧民族や階級、宗教団体などの存在が古くからあり、彼らの権利獲得のために個人主義者はずっと活躍してきたのです。しかし、個人の尊厳を法律的に認められたところで、結局多数派、アメリカなら「ワスプ(白人でアングロウサクソン民族でプロテスタント宗キリスト教徒)」の価値観が民主主義上勝ってしまい、一律になるという前例を作り出し、個人主義者として活動してきた人々の多くは、実は個人などではなく「自分達」一個の文化的な同一性を持った集団を擁護してきたのだと気づかされたのであります。
 この考え方は、個人の尊厳をどこまでも重視し、男女や民族などの既存の価値観を破壊することで完全に個人を独立させる主義者には嫌われました。なぜかというと、権利を個人ではなく集団に与えると、各集団への保護政策が平等でも、人数や環境の面で個人個人に行きわたる分が結局そろわないからであります。しかしそこに「集団的権利」の立場からもかなり反論が寄せられます。例えばカナダでは長くイングランド(英)語が公用語としてあったのでありますが、フランス系植民者はずっとフランス語を使ってきたので、争いになりました。これは個人と個人の争いではなく、明らかに何語を母語とするかという集団意識の闘争でした。もしここで個人主義の主張どおり、フランス系住民とイングランド系住民の間で個人による裁判によって何語が公用語とされるべきかを決めるなら、国民投票ではイングランド人が勝ち続けますし、それならわれもわれもとたいして数がいない先住民族や(ただし、私たちは彼等を特別に扱いますが)華僑などの言語もどんどん公用語化されなければならないのであります。そうすると今までどおりの路線で行くと、フランス系住民は徐々に不満がたまって、終いには独立を叫び出し紛争を抱えるような事態に進展しそうなのでありました。明らかに政治には、集団というものの存在を認める方が良いのだということがカナダでは憲法に盛り込まれ、ここに多文化主義は世界思想の潮流の中で確かな実現力を得たのであります。
 この集団主義者の間には民族に肩入れしたり女性に肩入れしたり高齢者差別をなくそうとしたりする人々もありますが、このなかには「民族」というものの権利を主張するものがいることだけは大変に重要なのであります。

 つまり、左派の急進派に民族主義者が現れたのであります。これは一つの転換であります。彼らが世界的に共闘しているものは、いまや民族主義者なのであります。
 さきほどのマルコスという人物は、それまで見向きもされなかったメキシコの先住民族を、多数派であるクリオーリョたちにかれらもメキシコ国民として認めさせるために便意活動を行ったのでありました。かれは目下私が一番注目する英雄であります。私はもともとリベラリズムの立場から、このような思想的変遷を経て、こちらにたどりついたものであります。

 ところで、かれらにはこれから超克しなければならない重大な問題がいくつかあります。わたしたちはその問題を超克した上で、今の思想にあたったと考えております。かれらが破りきれていない思想のオリとはなにか、私たちは世界のどの主体を選択するべきか、一体なぜ私たちは先住民族にこだわるのか、それらは今後同志ムネカミたちとの対談の中でお目にかけましょう。


 文章 コフチタツヒト
 監修 やまのいほ
 思想監修 ムネカミ エヒノヲ ヒシマル ららぎ

 新天保暦紀元二六六八年一二月二七日
# by sicisima | 2009-01-22 23:55
会員の思想紹介〇一 コフチタツヒト 前
 個人主義の「人権」と集団主義の「団権」

 前回まで、皆さんの目にお目にかけたのはアイヌの問題でした。この意見はわたしの意見が中心であります。同志ムネカミや他の会員達の意見も取り入れ、様々に思想した結果でありますが、いってみれば私たちの思想的苦悶の一つの重大な決定であります。わたしは小日本主義者です。現在のところこの是非については、会のなかには異論はありません。これは僭越ながら、私の小日本主義が会員の小日本主義の船頭をつとめているのだと自負しております。しかしながら、これはさらに包括的な理論の中に位置づけられなければならないのであります。そこで、この理論は、一方では同志ムネカミの説く民族解放としての八紘為宇を基準にしています。この理想は崇高であり、私たちの日本主義はこの方向に基づいて考えなければならないと思います。しかし、私はそれにもう一つ理想の形を与える提言をしました。何しろこれは重大で、わたしの思想的根本をなすのでありますが、この信念の紹介を終えて、わたしの思想紹介にかえさせていただきます。

 少しばかり話題がそれるようでありますが、私たちはとりあえずのところは右派、すなわち保守だと自覚するものです。そうとなると、私たちの思想に対抗するのは左派ということになるのでありますが、彼らは保守に対して革新です。ここまではこれまでの捉え方の紹介なのですが、ここには大きな問題があるのです。私たちが保守というところになるのですから、それは革新というものが先にあって初めて存在しうるのです。ですから欧州、特に西ローマ帝国文化圏流にそれらを保守と確定してしまうと、どうしても私たちは自発的で主体的な思想をもてないことになります。革命に対する造反は、革命のよりどころとなる主義主張よりも一つ下のところで争うことになるのです。
 思想的主体性を他者に奪われているということは、本来思想として致命的欠陥であります。ところが私たちはそのようには考えていません。というのも、確かな実感として、私たちはフランス人の思想が入ってくる前からの思想的伝統を受け継いでいると考えるからであります。同志ムネカミはそれを一先ず維新とよぼうと考えました。「Sommes-nous des "droits"?」それは確かなる日本主義の立場だといってよいと思います。

 しかし、そうとなると私たちは日本の思想という枠組みでしかものを考えられないのかという疑問に当たるのであります。保守を変えて日本主義、あるいは維新と呼ぶならば、敵はそれよりももっと強大で多勢ではありませんでしょうか。私にはそのように感じられるのです。
 はっきりいうなら、私たちの敵は個人主義です。これは、近世の西欧思想に端を発するのですが、当初のわたしの考えでは、それが西洋に起源しようが日本だろうがあまり関係はありませんでした。起源がどうあれ、全ての社会はそうした考えを生み出す土壌を持っているのであります。この面を強調していうなら、私は相手を西洋思想、こちらを日本思想といって対立させるのはよくないと思うのであります。むしろ世界の思想を一端同じところに収めてしまって、その中で個人主義と集団主義で争った方が良いと思うのであります。
 私たちが属するのが日本主義であるとすれば、相手は西洋主義でしょうか。ことはそう簡単ではありません。西洋にもたくさんの思想があって、それが現段階で明らかに日本主義と違うのは、全く矛盾する多くの思想がその中に含まれていることです。なかには、ポストモダニズムのように、西洋であることをやめた思想まであります。(そういう主張は一面全然西洋を抜け出せない矛盾を持つのでありますが)また、西洋思想の西洋とは地域的には西ローマ帝国の文化的範囲にあった部分を指すのでありますが、そこの民族がすべて同じ考え方をしていたのではありません。例えば共和主義を教条的に掲げるローマ人の伝統もあれば、部族の宗教的統合と血統組織を求心力とするケルト人やゲルマン人の思想もありました。これらの思想を個別に主張するものもあっておかしくないのでありますが、歴史的にはローマ人のほうが圧倒的に優勢であったからなんだかローマに偏っているのです。しかしこの二つは混ざり合って、中世の封建体制を創っていくのであります。そのなかには、いまは共和思想に敗北したことになっている維新という思想もあったのです。私たちは一面では、地域的に拘らず人類の思想を同じ鞘に入れて、維新というものを普遍的なものとして説いてしまうのが良いと思うのです。少なくとも、相手の個人主義者は自分の西洋性を半ば無意識に無視することで、効果を絶大に広めたものですから、私たちも同じ考えを世界に広めるのに、日本の神話をして堂々と世界のものと言って良いのだと考えるのであります。

 ここで、もう一度私たちの敵を明確にしましょう。それは個人主義であります。ロックやホッブスなどを起源とする近世西欧の個人主義思想は、後世には発展してリベラリズムの立場をなします。これは個人の自律と自立をどこまでも突き詰め、そのためにその規制となる伝統的感覚や常識を崩壊させようとする立場であります。これが左翼の思想的根本であります。
 それに対して主体的な立場としての私たちの反論は、個人主義に対しては集団主義でなければなりません。それも、男女関係や階級、宗教などの様々な構造は、どの時代にも一定の求心力を持っているとは言いがたいとみなすため、わたしたちは様々な文化が体系化された(と感覚される)民族を、唯一持続可能な集団と見なすものであります。
 ちなみに私たちは民族主義を選んだ集団主義の中でもかなり急進的な思想を選ぶものでありまして、民族の根本にあわなければ伝統には意味がない、そういうものは消えてしまって構わないと考えるものがほとんどであり、逆に、どんなに経済的効果にあわなくとも、集団の同一性や自覚を高めるためには滅んでしまった伝統をも新たに時代に合わせてよみがえらせるべきだと考えているのであります。その点で、私たちは所謂常識とか健全とか中道というものとは全く相容れないのであります。
 この二つの意見は、経済とか社会構造そのものについての理想ではないのでありまして、宗教的な信念に近しいといっても過言ではないのであります。どちらも根本は信仰といって差支えないでしょう。個人主義は社会契約論で、集団主義は民族の神話か集団有機体論です。これはいま詳しくのべる余裕がないのでありますが、人が尊厳を確立するには、通常文化を共有する(複数ある、他と違った)集団がなければならないというのが私たちの発見した尊厳の共同体の理論であります。
 多かれ少なかれ人はこのどちらかを選択せねばならないのであります。その際、これは生活そのものに直接関係するものではない、文化の項目であることには注意されたいのであります。例えば、経済において競争を盛んにする資本制度の社会が崩壊した時、人びとは公正で平等な(社会のどこに生まれても自分は幸福か)社会を経済的に望むものであります。その経済の理想は社会主義と呼ばれますが、この言葉はながく共産主義と等しいとされ、必ず左翼の立場からしか解説されてこなかったという悪しき伝統があるものであります。この点を整理するため、まずは共産主義を社会主義から分離されたいと願うのです。どうするのかといえば、共産主義とは、社会主義(平等主義)という経済の理想に、文化の理想として個人主義を付け加えたものだと見なせばよいのです。これはかなり明確に共産主義の問題点が解説できる学問的進展であると自負しています。その証拠に、共産主義は集団の尊厳を重んじるわが集団主義陣営から起こった非経済的な保守反動とか民族問題、あるいは宗教問題について全然理解できず、百年間もこの問題を根本から切り崩して説明することが適わなかったからであります。わが同志エヒノヲは、この点を視野に納めて、すでに私たちの集団主義の文化的理想をこめた社会主義に「共栄主義」と名づけて維新派の思想的基盤をより強固なものにせしめましたが、この点については後で同志から説明がされるものでありましょう。


 文章 コフチタツヒト
 監修 やまのいほ
 思想監修 ムネカミ エヒノヲ ヒシマル ららぎ

 新天保暦紀元二六六八年一二月二六日
# by sicisima | 2009-01-21 23:58
アイヌ独立論 ━民族の世界秩序のために━ 後編
 私たちは自衛の力の無いアイヌを、ロシアの侵略主義から守ったはずだった。しかし彼らは現代まで、日本社会の中で長く亡き者として扱われてきている。それをどの程度罪と見なすのかは、ある視点を是とするかどうかによって異なるだろう。
 私たちは、価値基準を現実と理想のどちらに設定するべきか。現実はどうであったか。世界史を眺めてみれば明らかな通り、世界は民族の闘争が常にあった。それはある面では支配と服従であり、虐殺や、それがなくても文化の虐殺と呼べるものだった。いかなる民族も危機に立たせられない最上の平和の状態は片時もなかった。そしてそれは常に正当化された。なぜかといえば、それらは支配や混合を推進する立場にとって、つまりは強者にとって野蛮を高貴へ変える神聖な事業であったからである。
 私たちはそうした状況がないとは思っていない、非文明的な集団が、まさしくその所以たる排他性をもって文明的な集団に戦いをけしかけることはあったに違いない。しかし言葉が違うこと、身なりが違うこと、それや神々や踊りが違うことを野蛮と説明してきたのを非文明と断じるのはなかなか難しいものである。
 古くから、どの民族、国家もが自分達の正義、「文明」を信じていた。だが現代は世界中の民族が異なる価値を持っていることが明白に分かる時代である。そこでこそ民族はそれぞれ世界的な役割を持ち、そこに参加する世界的な世界を建設することができる。かの西田幾多郎はこの新世界秩序を八紘為宇と呼んだ。
 人を痛めつけたり差別するのは個人や組織の罪である。ところが文化文明は人が死ななくても死ぬものである。民族を痛めつけたり滅ぼしたりするのは民族の罪である。私たちは私たちの民族がなくなるということに耐えられない。この時代は、その立場がどの民族にもあるということが確認できるすばらしい時代である。
 もし私たちの、一民族も滅ぼしたことが無いというオーヤシマ民族の純白の歴史に曇りが入るなら、私たちは他者に占領され、抗いも助けの声も空しく消えていった民族といつか同じ目に会うとしても、それはきわめて平等で道義的な処遇のように思われてならない。しかし、世界はそのような植民地主義に汚れている。私たちは八紘為宇の大目標を国家の理想に掲げて、一度は東洋平和のために命をなげうったのである。だが世界は東洋だけではない。私たちはいつか世界の解放を目標として現実的に行動を打ち出さなければならない。

 私たちはすべてのオーヤシマ人に問いたい。アイヌがなくなろうとするとき、そこにアイヌ人がなくなってもわが民族があればそれでよいとする心がないか。二千年来アイヌのものだった島々を私たちのものだと主張する時に、そこに本当に真心があるものか。
 私たちは、オオヤシマ人国家日本の植民地主義思想とその全ての企てに反対する。そうした非文明的な言葉が発せられたその瞬間、アイヌモシリは借用地から植民地に変わることだろう。地上から消えるべき世界の植民地主義国家は、そのようにして徐々に拡大していった。
 思い起こせ、ルスィヤは昔、西のかなたの平原にあった。彼らのように諸民族を傘下に置き世界的な覇者の道をたどるのをよしとするなら、それならばいっそ、いつかは地球の裏側までといわず、銀河のかなたまで残りなく日本の領土とすればよい。あらゆる異民族やあらゆる異星人の反感を買って道徳を踏みにじりながら浸る優越感は、さぞかし痛快なことだろう。そのうちに誰もが日本人となり民族が消滅してしまえば本望に違いない。そうすれば、私たちは英米の植民地主義勢力を東洋から駆逐したのではなく、実はそれらと同じ考え方の道を行き、それより強い者をめざしていたのだということがはっきりするだろう。
 あらゆるインフラや多くの人命や伝統の犠牲を払った大東亜戦争の理念にまで反して銀河をも併合して、それで陛下が八紘一宇の達成をあそばれた、さぞやおよろこびになられるだろうと信じる者がいるのであれば、私たちは国体護持の同志を攻撃してでも野蛮な理念を打ち砕くことが正義であると強く強く信じている。
 そんなことであれば、私たちはルスィヤ人やヤン人はおろか、アメリカ植民地のアングロウサクソン人やグァテマラ植民地のカスティーリャ人の歴史と同じ路線を争うことになる。そうした植民地主義の外道どもと優劣を競った後には、誰からも惜しまれない消滅か誰からも賞賛されない勝利かが待ち受けていたのではなかったのか。
 日本人よ目を覚ませ、君たちの父祖が信じた正義とは一体なんだったのか。君たちはなぜ白人の植民地主義に怒ったのか。なぜ助けようとしたのか。なぜ共栄を信じたのか。
 私たちは世界を変えなければならない。私たちは現実を受け入れることだけが仕事ではない。八紘為宇はこの世に完成したことはない。だからいつの日か、それが達成されるように努力するしかないのである。これは夢想である、しかし人の世にかつては理想でなかったものなどあっただろうか。

 私たちはもちろん現実に目を向けなければならない。私たちは沖縄の自立を主張するが、それは何もヤン人の植民主義者どもが沖縄に手を伸ばそうと機会をうかがう最中に行われるものであってはならない。もし沖縄がシナ系諸民族に侵略されれば、一層複雑かつ解決困難な事態に陥る。左派勢力や宗教団体の野望の通り海上輸送の要衝から日本勢力を退けることは、日本の死を意味する。
 そこで、私たちは中共という勢力がシナ大陸に十分力を発揮しえず、少なくともいくつかの親日勢力か親日政策をとる勢力が沖縄進出を阻止する状態を築く必要がある。そのためには、何人検挙され殺されようとも、かの大陸の工作に努める必要がある。これは後で書くことにするが、ヤン人主体のシナ系諸民族の既存構造を劇的に変化させ、シナ系以外をふくめてそれぞれの民族にそれぞれの国家主権を再分配するのは、八紘為宇を使命とし、シナ大陸に安全保障上の懸念を常にかかえる日本の対シナ工作として最も有効かつ適確である。
 また、私たちは不用意にアイヌを独立させて、それがロシアの植民地主義者どもの手に落ちるのを喜ぶものではない。そんな馬鹿なことがあるものか。私たちの意図は他のところにある。用意が整い次第、私たちはアイヌとともに国家以上の共同体を築かなければならない。それらはロシアの侵略主義を助長するのではなく、ロシアといわず世界の醜い植民地主義を足元から突き崩す目的の下に結成されるのである。
 つまり、来るべき日には、自立したアイヌとオーヤシマ民族は他の複数の民族と手を取り合い、東亜の範囲にとどまらず、世界大に拡大すべき民族解放の共栄主義をもってふたたび共栄圏の世界新秩序を確固たらしめ、ロシア人のくびきの下にあるギリヤークやチュクチ、エヴェンキやヤクート、ンガナサン、ニヴフやスオミ人と言った諸民族を援助し連帯を呼びかけ、むしろルスィヤ人からアストラハン侵略占領以降の植民地をそれぞれの民族の手に奪還させるのでなければならない。
 もしこの話を一民族主義的な偏狭な視野しか持たないものに説明するにはこういうしかない。日本が北海道を失うだけで、日本とその同盟国たちはロシアをウラルの向こうのそのまた向こうまで追いやり、永久に万邦共栄の枠に押さえ込むことができるのである。その世界において、日本の道義的栄誉は永久に記憶されることとなろう。この理念は、日本の直ぐ北に西方の山賊国家が二百年も居座り続ける不安定な世界構造を根底から覆す効力を持っているのだと信じられたい。
 私たちはその実現する時こそ、子供達に真に現実的な夢を与えることができる。世界中の子供達と友達になれるという、かつては崇高な幻想だったものを。

 この理想には、現実からは幾つも問題があがる。アイヌとオーヤシマ人の混血はどうするのか、そもそもアイヌは混血しかいないが、これをどうするのか。応える。血は民族にとって大した問題ではない。その血のあることから、どちらの民族を選ぶのかが重要である。そもそも純潔な日本人などこの世にはいず、叉純潔なアイヌもこの世にはいない。民族は文化の現象である。本人は日本神話とアイヌ神話のどちらに帰属するのか。いくら血が入っていようと、彼自身が何者か決まらなければ民族は存在しない。もしどちらでもあると答えるものは、オキクルミカムイとホノニニギノミコトのどちらをも選ぶことはできないから、結局どちらでもない。こうして民族ではない人びとも結構いるだろう。
 また、北海道のオーヤシマ人は、彼らの父祖が拓いた土地を捨てて日本へ戻るべきというのは、あまりにも薄情なものではないかという議論もあって当然である。もしそうと聞かれれば、私たちは応えよう。その土地にさらに旧く住み、生活の場も神々の住まう聖地もそこにあった人びとがあるのはどうか。それに対して、他人の土地だったところへ進出してきたということの居心地の悪さはどうか。もしここで本土に帰れば、日本の正義は立ち、ロシアからの本土防衛の役目も良く果たしてくれた日本の英雄である。しかし歴史の中で一点苦労をして拓いた土地だからといって、そこに永久に残るとすれば、その土地の本来の持ち主が正統な居住者であったのではないかという意識は永久に残るだろう。そうはいっても、土地への愛着が生まれるのは仕方がないが、そうして徐々に民族の植民地が広まっていっては、結局人類はいつの日か民族を失うことになるだろうから、やはりいつかは元の場所に戻ることを考えるべきである。それは早い方が良い。
 また、オーヤシマ人のなかで北海道出身者は特別に植民主義者の汚名を着せられるべきではない。オーヤシマ人のアイヌ人に対する責任は、民族の一部ではなく全体の責任である。また北海道に限らず、これまでの借用地オーヤシマ人の努力は賞賛されるべきである。私たち本土人も、北海道出身者を受け入れる準備をしなければならない。例えば血縁を追ってもともとの家とつながりを持つことを奨励したり、その縁故で住所を確保したりすることである。この撤退には長い時間をかけるべきである。北海道のオーヤシマ人は、政策によって社会の人員を徐々にアイヌに交換するべきである。またかれらは本土でも長い時間をかけて本土人の受け入れ政策を受けなければならない。
 私たちオーヤシマ民族のアイヌ民族に対する責任の大半もこれで解決するだろう。民族は、アイヌに北海道そのほかの経済基盤を提供して借用料とするべきだ。アイヌはそれ以上要求する権利を持たない。なぜならルスィヤ人の脅威が目の前にあって、アイヌは十分な対抗措置を持たなかったからである。
 また、既存のアイヌ人組織は民族解体をのぞむ左翼にのっとられていることにも注意しなければならない。最近日本を世界の植民地国家と同列に扱って先住民族サミットなる会議をおこしたアイヌ協会を始め、反体制派だからという理由で左派に目をつけられその参加の団体に加えられた団体は多く、どれがアイヌの代表とは当分決めれらない。私たちはこのアイヌ協会をはじめとする左派勢力の傀儡団体の動向に注視する必要があるが、彼らのいうことすべては注視する必要は無い。日本解体、また反面アイヌ解体を目論む個人主義者どもにだまされているアイヌは、目を覚まさなければならない。もし私たちの理念に賛成する団体や人物があれば、是非ご連絡いただきたいものである。
 このほかにも様々な問題はあるだろう。今後それらの協議は綿密に行いたい。

 なんだかんだと言いがかりをつけて、ひたすらに現状を肯定し続けることはできるかもしれない。しかし、ひたすらに私たちは問い続ける。神代から自分達のものであった土地を他のものが奪ってよいものか。もし日本が反アイヌ的文化のまま時代が進めば、おそらく後世には国内に民族問題を抱えることとなり、八紘為宇の進行に重大な障害をもたらすばかりか、ヤン人がポェを領有すると主張する点を非難することができない。つまり、私たちのオーヤシマ民族は、植民地主義に反対する道理を失うのである。なぜなら、私たちもゆくゆくは世界を崩壊させる植民地主義者の悪党に加わったからである。
 思う存分領土を拡大して欲しい。その世界は、いつかは私たちが負けて服従しつついずれは歴史の記録に残り消えてゆく。一度敗北すれば民族独立の好機は劇的に損なわれる。民族が消滅する時も、誰も助けてはくれない。ポェを助けようともしないばかりか、アイヌを消滅させる私たち民族の選択は、善よりも強の過酷な世界秩序を作り出し、それを変えようとしなければ、やがては順番が巡ってくる。世界に三千以上あった民族のうち、今後当面も共同体とその存続を維持し続けられそうでいるのは二百に満たない。現代の世界は、当初から見れば明らかに平均化され、民族自体が失われつつある。
 しかし、私たちの勇気は、百年の時を超えて、世界諸民族に先駆けた偉業を達成しうるかもしれない。世界に助け合いという重要な精神を持ち込むことが、初めて許されるかもしれない。それゆえに、私たちはたとえそれ以外の何を犠牲にしようとも、道徳と正義をめざして歩むことが大事である。何よりも世界のために、そしてのそのなかの日本のために非常に意義があるものと信じる。現実を砕く理想を、私たちは信じている。



 文章 コフチタツヒト
 監修 やまのいほ
 思想監修 ムネカミ ムネシモ エヒノヲ ヒシマル たこすけ ららぎ

 新天保暦紀元二二六八年一二月一七日
# by sicisima | 2009-01-12 22:22
アイヌ独立論 ━民族の世界秩序のために━ 中編
 私たちの民族は、他の民族を滅ぼしたことがないから、潔白であるといった。これは非常に重要だ。もし民族の平等を守る理念があれば、ひとつ民族を滅ぼす不義を犯した民族は、自身が滅ぼされるのもなんら不義であるとはいえないことになる。逆にこうした不義のないことは、民族解放を行える同義的資格であるとも考えていいだろうか。おそらくわが民族はこの資格があって、なんらやましいことなしに滅ぼされようとしている多くの民族を救ったのである。昭和の大戦を聖戦という所以である。もちろん指導者の勢力争いや国家の理念の統合力のなさから、この意志は戦争中も歴史的にも始終一貫していたわけではなかった。集団には異なる意志が存在する。しかるにわが民族が潔白であるのは、半ば以上は運によったものと認めなければならない。願わくば、これを運に頼る前に、私たちオーヤシマ民族全体の意志を八紘為宇の民族秩序に硬くすえておきたいところである。さもなくば、この潔白はまさに現在大いに揺らぎ始めているように思われるからである。

 大八洲は元来からオーヤシマ人の土地である。だが問題がある。オーヤシマ人の国家である日本は、現代ではオーヤシマ以外の領地を内外に認め(られ)ている。南西(琉球)諸島と北海道以北の南樺太および千島列島である。南西諸島はよく知られるように、近代以前は琉球王朝の支配下にあり、この国家は封建的国際秩序の中では日本とシナ王朝の両属体制にあった。これについてもいずれ書く必要があるが、琉球諸島は琉球民族というひとつの民族が自明のものとしてあったのではない。琉球民族は、一番小さく見積もると沖縄本島の諸部族であり、もし広く見積もってもトカラ列島以南久米島以東の範囲であり、屋久島や宮古島は含まれない。これらの諸地域は、琉球とは異なる民族意識を神話伝承や言語やそのほかの文化を持っていた。そして琉球はこれを暴力的に支配した。民族が民族を支配するのは絶対的には悪である。これはある意味で侵略といっていい。多くの沖縄人日本人論に反するかもしれないが、これら二つ以上の民族集団は国体にあるべき神話伝承を持たないのは事実である。では、核心として扱うアイヌはどうであろうか。

 アイヌは一つの民族である。言語の点からいって、北海道の諸集団、樺太南部、千島列島のそれぞれの村落共同体は、それぞれアイヌ語を話していた。ただし、いくつか補足しなければならない。まずはアイヌが民族としてアイヌとは自称していなかった点である。例えば樺太アイヌは内外から「エンチュ」といったが、本来「アイヌ」という語もよく知られているように「人」という意味であり、民族名になるようなものではない。「エンチュ」はこれと同じ意味であり、かれらは民族を呼びあらわす名を持たなかった。民族という意識は、一定の文化の広がりを自覚することと、またそれ以外の人間の複数の種類の確認によって生まれる。日本は古くこの二つが整ったため人間一般を指す言葉ではない「くに」をつかい、「大八洲」や「豊葦原瑞穂国」や「日ノ本」をつかったが、アイヌにこの意識がなかったのはそこに大きな規模の交通や共通意識がなかったからである。しかし、ちょうどドイッチュ人が歴史を追ってドイッチュ人という共通民族意識を発達させてきたように、アイヌ語が共有されていた状態は、いつでもそれらの集団を内的に統合する民族意識を生んでもおかしくなかった。そのときには、それまでアイヌの諸地方人をあらわす「パナウンクル」「サルンクル」などの「クル」は日本語の「くに」と似たようなはたらきをしただろう。そして、アイヌは人間という意味になり、現在のアイヌ民族をあらわす上では何か別の言葉ができたに違いない。
 また、千島アイヌの千島語は北海道のそれとかなり異なる語彙を持っていたということがある。しかしこれはおそらく方言の範囲内である。日本語でも方言の違いはあるが、もし本来の津軽弁と河内弁を同じ日本語として扱うなら、この違いを外国に当てはめれば、ドイッチュ(ドイツ)語とホラント(オランダ)語は同じ言語の中におさめてもよい。
 しかるにきわめて人口の少なかった千島アイヌと、大勢いた北海道のアイヌはどう関係してくるか、おそらくこの決め手は神話伝承であったろう。しかし、アイヌの神話伝説はどの程度共有されていたのかはわからない。ただし、有名なユカラは地方地方で全く異なったわけではなく、共通したいくつかの話があったそうで、それらがすこしづつ異なったとしても、日本も近世は同じ話にいくつもの異なる話があって、それを後で整合性があるようにまとめたものである。神武天皇の御陵はほぼ大八洲全国に百ヶ所近くの主張があり、宮内省は文献から大和を探し、嘆かわしいことに半分あぜ道に埋もれた田園の孤島「ミサンザイ」を御陵と突き止め、橿原神宮を創建した。こうしたことは半ば人為によるから、アイヌにもその権利はあろう。かれらは日本神話とは別の体系を持っていたことは明らかである。

 また、オオヤシマ人はオオヤシマの先住民族であると書いたが、世間にはアイヌは日本の先住民族と言われているようである。これはなかば正しい。日本のなかの北海道や千島などの先住民族としてのアイヌがある。しかしながら、自然人類学がさかんにオーヤシマ人を大八洲の正統な支配者ではなくさせようとしている見解の通りに、大八洲までを含めた日本列島全体の先住民族としてアイヌがあったわけでもなく、前述の通りオーヤシマ民族は大八洲の正統な先住民族である。近世において、両者の境界は判然としていた。アイヌは北海道以北まで、明確にアイヌとわかる集団が本州に住んでいたというのは、近世の記録では青森の沿岸にちらほらあったという程度である。これは内陸から追いやられてそこに残ったのではない。不自然に沿海にだけ転々の村落が点在しているのは、これが渡来したアイヌの植民村である証拠である。
 みちのくのオーヤシマ系諸民族の藩はどれも上も下も明らかにオーヤシマ人の神話に忠誠を誓い、エミシの側につくものはいなかった。エミシがアイヌであるというのも、言語そのほかの風習が全く残っていないのに安直すぎる決め付けであるが、もし言語学的見地から見ても東北弁の音韻はアイヌ語のそれと全く異なっている。いわゆるフランス語であるオイル語フランシアン方言が古代大陸ケルト語の音韻を残し、現代のケルト語であるアイルランドのエーラ・ゲール語と発音が近いのに対して、東北弁は濁音化と鼻音化、母音のあいまいさなどが目に付くのにアイヌ語は清濁の区別が少なく、母音も鹿児島方言以上にはっきり五母音を分けている。その上、かつては違った民族にいたのにその物語が全く残っていないというのは不可解なことで、文字資料がなくても伝承として反オーヤシマ人イデオロギーくらい残ってもよさそうなのに、いざそれが現れてみると、近代以降の科学的には上古、このあたりはアイヌの土地であったとおもわれるといって気仙のオーヤシマ系言語をケセン語として独立すると主張したものがいるかいないかくらいのものである。彼はつまり、残った物語としての根拠が皆無であるのに「先祖伝来」の反オーヤシマイデオロギーを振りかざしたことになる。ただ、方言と標準語の関係については面白い捉え方をしているので、また書くことにする。
 本州各地にアイヌ語の地名があるとか東北の各地にアイヌが住んでいた痕跡があるなどとする説があるが、まずアイヌ語地名論者は日本語の地名の語源を全く視野に入れないという点で、日本語朝鮮語起源説や漢語起源説、シュメール語起源説と全く同じである。また、もしそれが事実であったところで、オーヤシマ人とアイヌ人のどちらが長く東北各地に住んでいたのかわかる問題でもない。現代にそれを伝える話が一切残っていないことを考えると、どうも当初からオーヤシマ人に利があったのではなかろうか。
 こうしたことから、アイヌは歴史的にオオヤシマとは別だったといえる。オーヤシマ人は大八洲の、アイヌはアイヌモシリのそれぞれの先住民族である。また、本州はオオヤシマの神が生んだもっとも神聖なオオヤシマの一部であり、アイヌ人がそこにいたのはむしろ向こうの人間が移入していたからである。

 考古学についての批判と理論の再構築はこのあたりにとどめておきたい。私たちには解決しなければならない思想的問題がまだ多くのこされている。オーヤシマ人は大八洲の、アイヌ人はアイヌモシリの先住民族であったなら、オーヤシマ人は、また日本はなぜいまアイヌモシリにいるのか。これは、歴史をおっても様々な意見があったところであろうし、結局客観的には見解がまとまらぬところである。だからこそ、私たちは主張する。これは借用である。これは、八紘為宇を踏まえたオーヤシマ人の、自存自衛の時代における緊急の策であった。オーヤシマ民族は近代以降、世界の植民地を解放する使命があった。それにはまず国体護持をなしえなければ何ものもなしえない。植民地主義の風潮もあいまって、日本人は国家を拡大する方向に出たのはいたし方のないことであった。しかし同時にロシアやそのほかの欧米諸国から国体を守り抜かなければ、聖なる使命も達成できなかった。したがって絶対的には悪であるけれども、相対的には仕方が無い。日本のアイヌモシリ進出はロシアから国体や民族を防衛するための借用であり、最終的にはアイヌに国家をもたらしめ、国際社会の中で自立させる解放を見据えなければならない。
 ここにいくつか付け加えたいが、まず、欧米各国の侵略行為とは異なって、オーヤシマ人の北海道進出は残忍な方法で行われなかった。私たちは植民主義者松前藩一党の先住民族への圧制や差別はオーヤシマ人の痴態として糾弾するが、これはおそれおおくも天皇陛下の国家機関には含まれない。借用地のオーヤシマ人は、アイヌの先住民族共同体に物理的被害を与えていない。このことは、後で説明する社会的被害や精神的解体とは別に考えられたい。ならずものの婦女強姦やシャクシャイン戦争のような例はあったが、国家機関による大規模な宣伝布教や大虐殺、伝染病(欧米人はこの流行に努めた例もある)、略奪といった物理的危害を加えていないというのは、世界史に照らしても道義的であった。また、教育に努めた政策の中に彼らの師弟を本州へ留学させた例もあるが、ここに文化の抑圧があったのは事実である。しかしながら、どの民族も近代化には苦労して民族の独自性を失うことを経験するため、単にオーヤシマ人の差別抑圧とはいえない。なにしろそうでもしなければゆくゆくアイヌは自立できないと考えれば、部分的には評価されるべき事項である。
 ただし、社会的被害というのは重大な問題である。現代はすでに北海道の社会はオーヤシマ人のものである。日本語、日本文化はアイヌのそれに比べて格段に普及しており、文化的な抑圧も知らぬ形で行われた。オーヤシマ人社会では、アイヌであることはあまりいいこととは思われなかった。結果として、アイヌであることを隠す人が増え、またそれによってアイヌ民族自体も数や勢力が崩れていった。これは民族の責任である。こうしてもしアイヌが滅んでしまえば、オーヤシマ人は結局ロシアやアメリカの植民主義者と大差ないことになってしまう。そうした事態はどうしても避けたい。
 また、政府の政策はアイヌを無視したがために、民族の歴史に傷をつけてしまった罪は重い。例えば、アイヌ神話で天孫降臨の聖地であるニプタイ(二風谷)やピラトゥル(平取)は日本政府の政策によってダムの底に沈んだ。これを訴えたアイヌもあった。これはわが民族の歴史に恥ずべきとんでもない事態である。我々はアイヌに天孫降臨の聖地と伝えられる韓国岳を水攻めにされても何の文句も言えないではないか。この場を借りて、全オーヤシマ民族の責任を負うというのは不遜であるかもしれないが、アイヌの皆様には私どもが遺憾の極みであることをお伝えしたい。申し訳ありません。すくなくとも、善良な意思を持ったオーヤシマ人がここにあるということをどうかお知り置きいただきたい。もしアイヌを将来独立させたとしても、この問題は厳しく糾弾され続けられる。私たちは誠意をもって謝罪するより他に仕方ないだろう。経済を尊厳よりも優先する価値観をもって、あまつさえ他者のそれを踏みにじるような醜態は今後二度と繰り返してはならない。

 精神の解体と言ったが、これはアイヌ人の精神が自立よりも国体への帰属を目指していたことがあったのを引き合いに出さなければならない。かつてウタリ協会にアメリカ占領軍が来た時、彼らは独立の意志があるかどうか、その準備を示して聞いたことがある。そこでウタリ協会の長老達は、国体への帰順を選んだという。アイヌはオーヤシマ人とは別の民族であることは内外にはっきりしていたが、かれらは戦後すぐは少なくとも自決のあり方として、日本国体への帰順を選んだ。これは日本国の統治が善政であったことの証拠である。こうすると事態は複雑になるが、私たちはそれを安定した事実とは捉えてはいない。少なくとも、現在のままアイヌが主張を失えばそのままアイヌはオーヤシマ人に同化される危険がある。
 平和ゆえの民族消滅は恐るべき事態である。前述の通り、ポェはヤン人の暴力に血みどろの抵抗を見せている。それに比べ、私たちのアイヌ統治は、経済的にも文明的にも優れて穏健だった。若干の差別や文明的痴態もあったかも知れない。しかし多くの植民地主義国家にあるような本質的なものとしての差別はまったくなかったといってよい。そして作られた平和が、アイヌのアイデンティティを失わせるものだったのだ。もはや純粋な血が残らないというおろかな批判もあるが、まずどの民族とも混じりけの無い純血のオーヤシマ人を示してそう論じるべきである。民族には血が全く関係ないとはいわないが、それは文化の一部として血という物語が必要であるに過ぎない。いかに混血しようと、彼らが民族を主張すればなお民族である。すると、危機にされされているのは文化である。これがなくなれば、わが民族の潔白は侵される。国体は道義的危機にたたされている。振り返ってみると、最初に説明してきたヤン人のポェ支配が同化主義がもっとも醜く発露し、失敗しているのに対して、オーヤシマ人によるアイヌ支配は非常に美しく展開し、その平和的な(経済あるいは社会の)善政ゆえに成功しようとしているのである。しかし、もし結果が一民族の吸収消滅であるなら、本質的には同化主義の罪は変わらない。アイヌがもし平和裏に滅んでしまえば、文明としては罪ではないが、民族の背負う罪は深い。そうして私たちがアングロウサクソン人、ルスィヤ人、カスティーリャ人、ヤン(北京)人やアラブ人と同じになってしまうというなら、大罪にまみれたロシアやアメリカや中共やグァテマラの歴史と私たちの歴史は同じものになってしまう。(ただし、ヤン人ほどの人道上の罪をオオヤシマ民族が被るとは全く思わない。)いかに平和的にであろうと、民族を消滅させるという事実は変わらない。これは各民族それぞれを活かすという民族解放の理念にはそぐわない。これは会員総員の意志ではないが、著者はもし日本の正義が失われてしまうなら、いっそ日本なぞ失われてしまってもいいとまで主張したい。

 またこの危険を回避すると、次に問題となるのは、かれらの自決の主張が今後ずっと国体への帰順であるとは限らないことである。アイヌが文化的社会的自立を始めたら、つぎは独立が考えられるだろう。ウタリ協会が独立を主張し始めたら、やはり期限を定めて独立の準備に取り掛からなければならない。またもしこれからも千年も二千年も国体を護持するうえで、異民族を抱え続けるのはいかにも不安定である。それがその間ずっとわが民族の国体に服従し続けてくれるはずはないだろう。
 この矛盾は常に意識されつづけるわけではないし、多民族国家が全て状態として不安定であるといっているのではない。今も昔も世界には様々な多民族国家があったし、かつて大帝国の繁栄は基本的に多民族をそれぞれ活かしうることが前提となった。しかしながら、ローマやオスマンといった帝国の崩壊も、基本的にはそれらの従順だった民族が自立することが発端となっている。例えそれが偶発的な外部からの絶え間ない反乱の結果であろうと、あるいは第三国による意図的な民族運動工作の成果であろうと、国内にそうした民族がいなかった場合を考えると、その負担は要するに常に暴発の危険がある火薬庫をもつことと同じである。

 私たちはここから、この問題の解決を訴える。オーヤシマ人は、将来アイヌの自決を達成するよう努めなければならない。これは、植民地をもった国家が経済的な理由で行うのではなく、理念のために、それも、世界の民族を同じように解放するという壮大な八紘為宇の精神をもとに達成されるのでなくてはならない。これが達成されれば、世界初の快挙となるだろう。今は確かに荒唐無稽な言いがかりであるかもしれないが、将来の民族の新世界もここから道が開けるものと確信している。というのも、その先を見据えているからである。日本が世界の諸民族を解放するには、まず日本国内の諸民族を解放しなければならない。これは昭和の聖戦が放棄せざるをえなかった民族解放の八紘為宇を再び軌道に乗せる試みである。
 世界は侵略に満ちている。もし私たちがヤン人のポェを侵略としてせめるなら、百年前に行われたアングロウサクソン人のハワイ侵略は罪ではないのか。また、その本土とされる土地の人びとは、植民地人であることの罪を多くの民族に着せるために世界中から移民をかき集めていたのではなかったか。そこにわがオオヤシマ民族の一部が参加したのは非常に遺憾である。かれらをはじめ、世界の植民地国家を数えるには、その逆である先住民族の統合した国家を数えてみればよい。ヨーロッパさえもその夢は挫折してしまっていることがわかるだろう。世界は民族消滅の危機に満ちている。いまルスィヤ人はニヴフ人を滅ぼそうとし、ヤン人はポェ(チベット)での暴挙を止めようとしない。アングロウサクソン人やカスティーリャ人の野蛮から窮地に立たされる先住民族を救援するには、オーヤシマ民族は先住民族を支援する必要がある。あるとき、オーヤシマ民族は、唯一の正統政府である天皇陛下の日本国家を中心として、経済や文化を背景に連帯し協力しあいながら先住民族共同体を支援するべきである。それと同時に、いつかオーヤシマ民族は大八洲に暫時全部帰還されるべく、北海道はもちろん、ハワイやブラジル、アメリカなどから撤退を開始するべきである。それは当然、世界の秩序に十分配慮しながら行うべきであるし、わが民族がおこなって終わるということでもない。四海の人を導いて、正しい平和を打ち立てるための英雄的行動である。(中編了)


 文章 コフチタツヒト
 監修 やまのいほ
 思想監修 ムネカミ ムネシモ エヒノヲ ヒシマル たこすけ ららぎ

 新天保暦紀元二二六八年一二月〇五日
# by sicisima | 2008-12-31 16:11
アイヌ独立論 ━民族の世界秩序のために━ 前編

「そいつを教えてくれたのは、俺を呼んでくれたのは、お前だ、レヴィ。
 俺がこんなに拘ってんのはな、そんな生き方に気づかせてくれたその女が━━
 俺を切った連中と……同じことを抜かしてやがる。
 俺にゃそいつが、我慢ならねェ。」
広江礼威『BLACK LAGOON』〇二巻 小学館 二六六三

 これからも、世界には様々なイデオロギーが錯綜し、人びとの考えは様々なものにうつりかわるだろう。過ぎ去る思想的過程が生む結論はまた過ぎ行く前提と化し、現れては消えてゆく思想のなかで、私たちは一つの正義に身をおくことは許されないかのようである。
 しかし、過去と明日、ここからかなたを見渡す視野を求めるからには、私たちの一貫した認識が無ければならない。私たちが自分の足で立って歩くためには、目の前の世界をどう捉えるかを議論しなければならないのが道理だ。私たちはものの仕組みを理解する時に、決して分析そのものを目的とするのではない。歴史に価値観をもちこむなという歴史学の見解は、事実には有効だが、その相対主義を意志に持ち込めば、時を超える真理はまたたく間に虚無主義へと変貌するだろう。また、もし各国家民族によって文化文明の尺度自体が完全に異なるとすれば、文化人類学は何ものも比較し得ず、相互に理解も対話もできない絶対的価値を呆然と俯瞰する無力を呈することになる。そして同様に、私たちが未来を議論する時、それは予測にとどまるものではない。私たちの手中に収まる未来を、どう善くしていくかということが焦点となるのである。
 しかるに私たちが普遍の正義を奉ずる自負にたつとき、時に私たちは、過去に判断を誤ってきたことに気づくことがある。ここには二つ見方が存在する。かれらは悪いことをしていたのだという点、しかし彼らはそうせざるをえなかったという叙情酌量の余地である。だが過ちはたださなければ進歩しない。私たちはたとえかりそめにであろうと、私たちに映る悪しきを善きに代えるほかに進む道は無い。道を否定した連中はそこに意見する資格を持たない。私たちは、私たちの正義に照らして巨悪に映るものを糾弾する。今日書くのも、会員一同の長い議論の結論である。

 アイヌという集団がある。つい最近、この権利を主張してきたウタリ協会は「アイヌ協会」に名を戻すと発表し、日本国の中で活発に政治活動をおこなっている。また衆参両院はアイヌを日本の先住民族と認め、連合諸国民(ユナイテド・ネイションズ)総会で宣言された「連合諸国民先住民族権利宣言」をおおむね認める方針のようである。これらをめぐって、左派既存勢力は日本解体の橋頭堡を築くことに乱舞し、また右派はそれをさせまいとアイヌを同胞として捉えなおす思想戦を開始した。我々はただの右派ではない。数や勢力の面から、そのなかの異端であると認めていい維新派の中のさらに異端である。しかし私たちは、この問題に明確な信念をもっている。

 最初に確認したいのは、私たちの理想が国体護持と八紘為宇であることである。さきの御世で国体が一致したところでは、これは民族の世界秩序だった。国体の大義である八紘為宇は、平等な諸民族による世界平和を理念的基礎とする。つけ加えて、現代社会以降の八紘為宇は、諸民族に文化的には国粋、技術的には発展をもとめ、経済的・政治的には共栄主義、すなわち国家社会主義国どうしの経済協力体制をめざすことでそれぞれの均衡を試みる必要があると見なす。これについてはいずれ発表するつもりでいる。私たちの理想は世界民族秩序である。
 もう一つことわっておきたい。私たちが守るべき国体護持と八紘一宇は、日本政府や現在の多くの既存右派の思考と同じものではない。我々の念頭には西洋思想も立憲君主制も政教分離も私有財産制もない。しかし既存の右派とは、現代社会の諸問題と歴史認識においては基本的に見解が一致していると考える。例えば、そのなかにはチベット問題がある。

 ポェ(チベット)の問題について、一言でいうなら、これはヤン(燕、北京)人によるポェ人への侵略だ。共産主義ヤン人とその手先はこの世で最も残忍で卑劣な方法で(とはいっても、大きく見れば人類は同じ過ちを過去に何度も重ねてきている)殺人や略奪、物理的な破壊や文化大虐殺を行っている。当然ながら世界はこれを止めさせようと欲したが、現在のところ、世界はこの方法がない。連合諸国民はこれを黙認するための機関であるからこれに干渉しない。この問題の争点は一つに絞れるものではないが、ここで扱う上で重要なものとして、世界はそれに対しどうして怒ったかということがある。
 人権は重要である。しかし果たして世界はここだけに不義を感じたのだろうか。私たちはフランス人が人権の観念を生んだとは考えないし、いわゆる人権宣言のようなものにはフランス人の共和主義者はまだしも外部の人間には鴻毛ほどの価値も存在しないと思っているが、我々は四海同胞(実際の血縁は考えない)を固く信じている。そこから見て、たしかに、彼ら赤系ヤン人の日常茶飯事である殺人や強盗や不法占拠や強姦や略奪や拷問や暴行が本来許されざるべき非道徳的行為であるのはいうまでもない。もしそれら一つ一つを裁けば、おそらく何千万人かのヤン人はかれらと同じ凄惨な方法で血祭りにあげられなければなるまい。
 しかし、私たち自身の感情にただせば、それは部分的な問題であることが判然とする。実は私たちは、ヤン人や共産主義者(あるいはその亜流)の個人がポェ人を虐げることにのみ重きを置いてはいない。より重要なのは、個人間の問題ではなく民族間の問題である。ヤン人がポェ人を支配下に置き、あまつさえかれらをそのうちに根絶せしめようとする大いなる不義に義憤を覚えているのである。これはヤン人という民族の大罪である。かれらは「漢民族の団結」や「中華大家族」といった思想宣伝を巧みに行い、ポェに限らず様々な民族を支配下において世界制覇をも坦々と狙っている。
 私たちの感覚は、不当な理由で異民族の領地や主権を侵害することに不義を感じる。現代のヤン人の暴挙はこの典型である。来るべき日にはこれらは全て解消されなければならない。ただし正当な理由による場合は、そこに追い込んだ相手より相対的に正義であるとしてもいい。だが赤系ヤン人には叙情酌量の余地は存在しない。かれらがポェを襲ったのに仮にいかなる防衛的要素があったとしても、いまやポェ本土においてポェの共同体や秩序はおろか民族自体さえ風前の灯とさえいっていい深刻な状況である。しかもその状況は、およそ民衆の生活秩序を破壊する手法のみを採ることによって作り出された。よくぞここまで純粋に暴力にものを言わせてきたものだと恐れ入るものだ。強調したい。この問題は深刻である。私たちはいつの日か、ポェをはじめとするヤン人支配から諸民族を解放する必要がある。これも本題から若干それるので、今回は書かないことにする。

 しかし民族の征服という重大な問題をかたるのに、赤色ヤン人を見ただけでは公平とはいえないだろう。世界には、過去に同じ経験を負ったものや、ポェほどの目にあわなくとも、現在も平和裏に搾取される諸民族たちがある。こうした事実は、遺憾なことに多くの日本人は知らない。保守派をはじめとして、なぜ欧州の言語や民族が世界的な標準となったのか、あるいはその文化がいかに近代を覆っているか、また我々日本人の思想や法律に侵入していかに欧州優位の思考は我々を蝕んでいるかということについて、多くの人はいまなお無関心である。しかし、なにも欧州だけが世界に侵食し続けたのではない。彼らは血塗られた世界史の多くの覇者のうち、もっとも成功した例であるに過ぎない。世界の諸民族は、多かれ少なかれ他者を滅ぼしながら生きてきたものである。民族はそれぞれお互いの立場を考えることをせず、基本的に自意識を守るために他者に対して好戦的であり、抑圧的であり続けた。
 しかし、民族には異なる様々な精神が存在した。私たちにとっては、この闘争の世界史の終局におきた事態は非常に重大である。世界的闘争を拡大したところに生まれた欧州の世界秩序は、大東亜戦争以降劇的に変化した。それは民族解放、また、それに準じたところであった。それについて詳しくいう必要があるだろうか。我々の父祖は欧米の植民地主義を超越して共栄を思想し、諸民族が相互に協力して誰の尊厳も捻じ曲げられない完全なる秩序を心がけて戦った。これは必ずしも誠意ある言い方ではないかもしれないが、白人優位の世界に有色人種として最後の勇気を見せたというのはあながち外れてもいない。事実、それ以降有色人種の諸国民は、それぞれ動員と宣伝と戦争を通して植民地の政治機構を支配国の立場と台頭にさせることに成功した。現在二〇〇もの諸国民が対等に議論しあえるのは、我々の努力が実現したのだと自負するのはそう傲慢でもなかろう。欧州にとって現実に裏切られる空想にすぎなかった平等な諸国民という理想像は、我が一撃によってようやく日の目を見たのである。

 しかしここで、一点考えなければならないことがある。わが民族は世界史に輝く道義的快挙を行った。だが歴史的には、その身は果たして潔白であったろうか。先に述べたように、世界の民族はそれぞれ好戦的で征服的であり続けた。私たちの日本もその傾向があった。例えば太閤の大陸浸出は、ある部分確かにそうした侵略主義の現出であったといっていい。
 だがそれは結局のところ民族そのものを消滅させる暴挙ではなかった。結論から述べる。私たちオーヤシマ人と三千年来の日本国家は、過去に一度も異民族を消滅させたり、させようとしたことが無い。これは世界的に見て珍しいことではないが、現代において突出した文明を誇る中では異例である。例えば朝鮮出兵にしても、決して朝鮮民族を滅ぼそうといたものではなく、朝鮮政府を打倒しようとしたものである。またオーヤシマ民族は、神代の昔から大八洲が正統な根拠地である。さらに重要なことに、そこには本来異民族はなかった。大八洲とは、記紀にいくつかの説があるが、基本的にはアキツシマ(本州)、イヨフタナノシマ(四国)、チクシノシマ(九州)と対馬や淡路島などの諸島である。ここでいうオーヤシマ人はいわゆる大和民族であり、大和民族は大八洲の正統な住民である。科学主義の立場は遺伝子情報を持ち出して、弥生人の侵食がどうの大和朝廷の侵略がこうのと日本人の起源を遠くへ先へ見積もるが、どうせ自分のいる場所になんの謂れも所以もいらないというならいっそ「生物の発祥地」である海底火口にでも還ればよい。
 また、今後詳しく解説するだろうが、たしかにクマソやエミシが部族的にオーヤシマ人一般と違ったというのは証拠のあるところである。だが民族まで違ったというのは全く証拠が無い。しかも、彼らが国体に帰順してからは、国体そのものに対する反乱は起こっていない。当初から国体そのものにそむいていたかどうかは疑わしいものがある。また、天皇の日本国体への反乱の物語はオーヤシマには存在していない。東北地方が天皇に反対していたとかアイヌのものであったというのは、現代に入ってでっち上げられた寓話である。学者も絵本作家もアニメの巨匠も、そうした物語を壊すために、これまで勤皇精神盛んだった陸奥の善良な臣民達を、非抑圧と被支配の悲哀つのる反乱の闘士達に仕立て上げた。しかし私たちの主張ははっきりしている。オーヤシマ人は大八洲の先住民族であり、我々以外の正統な居住者など大八洲にはいないのである。当然そこには様々な多様性があった。しかし、そこには神代以来の神話の共有が先にあったのである。(前編了)


 文章 コフチタツヒト
 監修 やまのいほ
 思想監修 ムネカミ ムネシモ エヒノヲ ヒシマル たこすけ ららぎ

 新天保暦紀元二二六八年一二月〇三日
# by sicisima | 2008-12-29 14:46
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